あなたは普段、相手を信じて接していますか。
教育の場面でよく聞くことがあります。
「(相手に)任せています」
「本人にやらせています」
という言葉です。
それは、本当に信じていることなのでしょうか。
もしかしたら、放っておいているだけかもしれません。
自分自身を振り返ったとき、あなたはどちらの「信じる」でしょうか。
信じるということは、相手に任せることです。
しかし、任せると放置することは違います。
相手に任せると決めたなら、見守ることが大切なのです。
必要以上に口を出さない。
すぐに答えを教えない。
失敗しそうでも先回りしない。
経験しなければわからないことがあるのです。
人は、自分で経験し、自分で考え、自分で振り返ることで成長していきます。
だからこそ、任せた後は待つことが必要なのです。
もちろん、不安がないわけではありません。
約束を守らないかもしれない。
同じミスを繰り返すかもしれない。
期待していた結果にならないかもしれない。
信じることは、不安と隣り合わせなのです。
それでも相手を信じる。
なぜなら、人は失敗から学ぶことができるからです。
失敗したときに大切なのは責めることではありません。
失敗したと一番わかっているのは本人です。
人から言われなくても、「次は失敗したくない」と振り返るものです。
自分事として捉えていたなら、きっと自分自身と向き合っているはずです。
振り返ることができれば、課題が見つかるものです。
成長はその繰り返しなのです。
だから私は、相手から「助けて」という声が上がるまで待つことも大切だと思っています。
もちろん、何もしないわけではありません。
困ったときにいつでも相談できるような環境を整えながら見守るのです。
ただ、助けを求めることが苦手な人もいます。
そういう場面では、相手の小さな変化に気づけることも重要です。
小さな変化を見逃さないためには、距離感がとても大切で、放っておくのではなく、見守る姿勢が常に必要なのです。
もしかしたら、信じるということは、相手の可能性を信じることなのかもしれません。
そして、それは自分自身にも言えることかもしれません。
あなたは自分を信じることができていますか。
失敗しても挑戦できる人は、自分のことを信じていられる人なのかもしれません。
信じることは簡単ではありません。
自分の当たり前を疑い、相手のやり方を受け入れることも時には必要なのです。
ゴールは同じでも、そこへたどり着く道は人それぞれ。
だからこそ、信じる。
見守る。
それは、ぐっと待つということ。
教育において「信じる」ということは、相手の成長を信じるだけでなく、自分自身の成長を信じることでもあるかもしれません。
待つことで見えてくるものがあります。
見守ることで育つものがあります。
だからこそ、
私は今日も、相手を信じて待ちたいと思うのです。
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教えたあとに必要なのは、焦らせることではなく、信じて待つことなのかもしれません。



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