教える側 VS 教わる側 #5変わるべきなのはどっち?

今日のひとこと

「教える側だけじゃなくて、教わる側にも頑張ってもらわないと。」

朝礼のあと、そんな意見をもらいました。
確かに、その通りだと思います。

私はこれまで、「今日のひとこと」で、教える側について書くことが多くありました。
できないところばかりを見るのではなく、できているところを見る。
一度にたくさん教えるのではなく、まずは一つ任せてみる。
相手ができないのであれば、どうしたらできるようになるのか、教える側が考える。

そんな話をしてきました。

では、

教える側と教わる側。
変わるべきなのは、どちらなのでしょうか。

教わる側にも、努力は必要

私は、教わる側は何もしなくていいとは思っていません。
仕事は、働いた対価としてお金をもらいます。
だから、できていないことがあるのなら、
まず、
「自分は何ができて、何ができていないのか」

それを自分自身で知ることは必要だと思います。
そして、できていないことが分かったのなら、

「どうしたらできるようになるだろう?」

と、まずは自分から考えてみなければならないのです。

考えても分からなければ、その時に聞けばいい。
そこでアドバイスをもらったら、まずやってみる。
そして、振り返る。
うまくいかなければ、また考えて、またやってみる。

私は、この繰り返しが「仕事を覚える」ということなのだと思っています。

「努力してほしい」の中にあるもの

「努力してほしい」と簡単に言いますが、果たして、教わる側にもっと努力を求めるだけでいいのでしょうか。

これは、単純に考えてはいけません。

たとえば、

「覚えられないなら、家に帰ってからメモを見返せばいい」

私だったら、そうするかもしれません。

でも、

「自分ならそうする」と「相手もそうするべき」とは、同じではありません。

仕事が終わったあとの時間まで使って努力することを、当たり前として求めることには無理があります。

そして何より、本人が「努力しなければ」と思えていないのに、周りから「もっと努力して」と言われても、それは努力ではなく、ただの強制になってしまうかもしれません。

だからこそ、

「もっと覚えようとしてほしい」
「もっと自分から聞いてほしい」
「もっと考えてほしい」

そう感じたときには、一度立ち止まって考えてみてほしいです。

自分の「こうあるべき」を相手に求めていないだろうかと。

教えることは、答えを与えることではない

一方で、教える側が何でもやってあげればいいわけでもありません。

分からなければ、すぐ答えを教える。
できなければ、すぐやり方を教える。
困っていれば、すぐ手伝う。

それを繰り返していると、

「分からなければ、誰かが教えてくれる」

ことが当たり前になってしまうことがあります。

自分で考えなくても、困らない。
できなくても、誰かが助けてくれる。
それでは、いつまでも「できない人」のままになってしまうかもしれません。

だから、すぐに答えを渡すのではなく、

「どうしたらできると思う?」

と聞いてみる。
これも、教える側にできることの一つだと思います。

考えても分からないのであれば、そこで初めて一緒に考える。
アドバイスをする。
そして、やってもらう。

できたのか、できなかったのかを一緒に振り返る。
またやってみる。

教えるというのは、ただ答えを渡すことではありません。
必要な時に手を差し伸べる。
でも、それまでは自分で考え、やってみる姿を見守る。
それも、教える側に必要なことなのかもしれません。

それでも、私は教える側から変わりたい

教える側と教わる側。

どちらが変わるべきなのか。

どちらにも努力は必要だと私は思います。

教わる側には、自分のできることと、できないことを知ってほしい。

できないことがあるなら、まず自分で考えてほしい。

考えても分からなければ、その時は周りに聞けばいい。

アドバイスをもらったら、やってみてほしい。

そして、振り返って、また挑戦してほしい。

では、なぜ私はこれまで「教える側」のことばかり書いてきたのでしょうか。

それは、

できない人に「もっと頑張って」と求め続けるより、すでにできる人が「どうしたらできるようになるか」を考えたほうが、「仕事ができるようになる」というゴールに近づけると思っているからです。

教える側が全部やる、という意味ではありません。

時には教える。
時には一緒に考える。
そして時には、あえて教えずに考えてもらう。
その人に今、何が必要なのか。
それを考えて手立てを変えられるのは、すでにその仕事を知っている側です。

教える側 VS 教わる側。

どちらが悪いのか。
どちらがもっと頑張るべきなのか。

教育は、そんな勝ち負けを決めるものではないのかもしれません。

目指しているゴールは、同じです。

「できなかったことが、できるようになること。」

そのために、

教わる側も考える。

教える側も考える。

そして、またやってみる。

その繰り返しの中で、人は少しずつ「できる」に近づいていくのです。


🌱今日のキーワード

自分事

教える側も、教わる側も、「自分にできること」から考える。

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